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2016年4月11日(月)

三日坊主になりかけた。

 

>『ショートバス』サントラ

 

高校生のとき、世界は巨大なフルーツポンチみたいなもので、

いわゆる「わたし」を構成する分子のとなりのとなりのとなりのとなりの……となりの分子が目の前のこの人を構成していて、だからつまり「わたし」も「あなた」もないんやんな、と思っていた時期があった。

でもそれはほんの一時のことで、結局皮膚という外殻は、「わたし」と世界を隔てていて、温かい、というその感覚こそが、この人が自分とはつながってないという動かざる証拠だと思うときのほうが多い、だから何というわけでもないし、かなしいことでもないけど、自分、というものを強く意識してしまうのかもしれない。

 

さて、今日は散歩がてら調布のマンションを見学にいって、なんだかそこだけマンションが街並みみたいで、独立した世界みたいだった。

営業のおじさまによると、植生?を担当しているのがディズニーランドとかの植生?を担当している会社で、なんとなくなるほどと思った。

しかも隣の敷地は、私の母校の修道会?の教会があり、なんとなく縁を感じる。けど、どうだろうか。

 

タイトルに惹かれてよみはじめた海外文学が、いまいち読み進められず挫折した。

口直しに日本のものを、と本屋に入ったら、中島らもの短編集が出ていたので買った。

彼の死後に誰だかが選んだものらしい。

普通の文庫で、特別分厚いわけでもないのに、レジで千円近い値段を告げられ、仰天した。でも中島らもだから、いい。

 

子を寝かしつけるために、ひとつめの「美しい手」を朗読した(わたしが何か読んで、彼が眠そうにしたことはないけど)ら、「美しい手は哀しい」とあるように、文章も美しいけど哀しく、うるっときていたら、子が怒り出して本を奪った。

あと、わたしは中島らもの顔がすきだ。「最後の晩餐」も面白かった。アメリカザリガニは、最近見ないけど、何してるんだろう。

 

三宅健が手話を教える番組に出ていて、驚いた。

やはりジャニーズなだけあって、手話の所作もきれいだ。